TRISTAN UND ISOLDE
トリスタンとイゾルデ

「この私、イゾルデが命じているのです!」

 トリスタンとイゾルデの魅力、それは「怒れるイゾルデ」である。
 イゾルデは、誇り高く強いアイルランド王女。長い一幕を通して怒りっぱなしの彼女はすごくカッコいい。かつ色っぽい。イゾルデは薬など飲むまでもなく元々トリスタンが好きなのだ。その表現方法として始めはともかく怒ってる。

 恋に目覚めてからのイゾルデもまたすごい。愛に溺れているからと言ってナヨナヨしちゃったりしないのである。新しい愛の世界を挑戦的にひたすら突き進む。朗々と歌い上げる。彼女は激しい女、本気の女、有り余るエネルギーを何かに発散させていないと生きられないタイプなのね。

 凝った脚本の多いワーグナー作品の中でも、トリスタンとイゾルデの本はひときわ雄弁だ。それもそのはず延々四時間、ほとんど二人の胸中語りに終わるんだもの。イゾルデの怒り、愛の朗々たる語りは勿論、死に傾倒して行くトリスタンの様子も細かく描かれ、三幕の彼の狂乱ぶりも哀れを誘う。

 雄弁ではあるが、愛の救済と言うよりは死の救済と言った内容には全く共感しがたい。だがあまりにも徹底的に構築された世界観の前に、共感できる出来ないは既に問題じゃなくなってしまうのである。

 私にとってこの楽劇の主役はひたすらイゾルデだ。昔、初めてバレエ「ロメオとジュリエット」を見たときに、ロメオの存在感の薄さにびっくりした。あのバレエは「
ジュリエットロメオ」、だった。同じくこの楽劇も、「イゾルデトリスタン」なのである。

 他の彼の単発ヒロイン達、情けなさすぎるエルザ、行っちゃってるゼンタ、自己犠牲に溺れるエリザベート、に比べ彼女は何と「生きている」事か。死に急ぐ、悩める英雄トリスタンは彼女に比べると始めから半分死んでるみたいに見える。最も彼は元来そういう役回りなのかもしれないけど。

** story
** music -- 見どころ・聴きどころ


◆◆◆◆◆ Story ◆◆◆◆◆
 

アイルランドの女王イゾルデは、コーンウォールのマルケ王と結婚するため舟に揺られている。王の甥、トリスタンが舟を指揮している。
かつてトリスタンは、闘いでイゾルデの婚約者モロルトを殺した。だが自分も深手を追い、それを助けたのがイゾルデだった。始めは偽名を名乗ったトリスタンだったが、トリスタンが婚約者の敵と知っても、彼に好意を感じたイゾルデは黙って逃がしてやったのであった。

だがその彼が、今度は王の后としてイゾルデを求めて来たのである。それを裏切りと呼び、侮辱されたと感じ憤るイゾルデ。だが侍女のブランゲーネは、マルケ王は素晴らしい人だと言い、イゾルデをその后に選んだのはトリスタンの好意であり恩返しなのではないかと言う。

舟を指揮するトリスタンが自分の所へ挨拶に来ないと不機嫌なイゾルデ。ブランゲーネに挨拶に来るよう伝えさせるが、トリスタンの従者クルヴェナル達に追い返されてしまう。

舟が港に近づく。トリスタンが挨拶を入れに来ない限り上陸はしないというイゾルデの元へ、ついにトリスタンがやってくる。イゾルデはブランゲーネに、薬箱から毒薬を持ってこさせ、和解のはずの杯に注ぎ、トリスタンに飲ませ、半分は自分も飲み干す。だが恐れをなしたブランゲーネは、毒薬の替わりに愛の秘薬を注いでおいたのである。

この二人が密かに魅かれあっていたのは始めから明々白々なのだが、その上惚れ薬など飲まされてしまったものだからたまらない。
無我夢中で抱き合う二人。だがその時、折しも舟はコーンウォールへ到着する。

王妃となったイゾルデはコーンウォール城内の部屋で、ブランゲーネにトリスタンへの愛を語りながら恋人が来るのを待ちわびている。狩りに出る王の角笛が次第に遠ざかる。

やがてトリスタンが駆け込んで来る。二人は抱き合い、激しく愛を語り合う。忍び合う二人を祝福する「夜」、すなわち死について甘く語る。既にトリスタンは幸せの絶頂にありながらも
「私を死なせてください!」
などとイゾルデに語っちゃったりするのである。現世の煩わしさから解放され、永遠の愛に生きるには「夜」の中、即ち死しかないと。

そんな二人の所へ、突然王の一行がやってくる。
この逢い引きを取り計らってくれたのは、トリスタンの友人のメロートであった。だがそれはメロートの仕掛けた罠だったのだ。二人を見た王は責めるよりも哀しみを露にする。
メロートがトリスタンを成敗しようと剣を振り上げると、トリスタンは待っていましたとばかり、自らその剣にかかり、深手を追って倒れてしまう。

トリスタンの城。クルヴェナルに見守られて、重傷を負ったトリスタンが眠っている。クルヴェナルは主人を舟でここまで運び、イゾルデを呼びに遣いを出したのだ。
苦しい息の中でトリスタンは彼に苦しみをもたらした薬を呪うが、だがその呪いの対象は次第に生まれ落ちたことそのものへと移るようである。死という安息を、結局彼は望んでいるのね。

それでもひたすらイゾルデを待ちこがれるトリスタン。
「彼女を探し、見つけ出し、ひたすら彼女の内に溶け入り、消滅することだけがトリスタンに許されているのだ。」
というのが彼の理屈である。そこへイゾルデがやっと到着するが、トリスタンは一言彼女の名を呼んだだけで、恋人の腕の中で望み通り息耐える。イゾルデも気を失って倒れる。

そこへマルケ王一行が現れる。城を攻めに来たと早合点したクルヴェナールはメロートを殺し、自分も重傷を追い、トリスタンの足もとに倒れて死ぬ。

ブランゲーネは気を失っているイゾルデを抱き起こし、自分が愛の秘薬を使ったことをマルケ王に話した、マルケ王はそれが薬のためであり、トリスタンに非がなかった事を理解し、二人の仲を許すためにここへ来たのだと告げる。

だが目を覚ましたイゾルデはその声も耳に届かない様子。トリスタンが微笑みながら空高く登って行くのが見える、と言い、自分も彼の上に倒れかかり、息耐える。マルケ王は二人の冥福を祈る。

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◆◆◆◆◆ MUSIC ◆◆◆◆◆
見どころ・聴きどころ

 どこがアリアだ、合唱だと明確な分け方が出来ないこの「楽劇」は、約四時間全てで「トリスタンとイゾルデ」という一曲なのですね。だからどこが見どころと抜粋するのは非常に難しい。一作ひっくるめて全てが見どころであり聞きどころである、隙のない大作です。

 生まれて初めてこの作品を(テレビで)見た時、10代の終わり頃だったと思いますが、タイクツでタイクツで死にそうだった。その時はこんなつまらないオペラがこの世にあって良い物かと思ったのでした。登場人物は少なく、動きも少なく、明確なメロディーもあまり無く、ワーグナー楽劇の中でも最も好き嫌いの別れる所かもしれませんね。

 でも今は数あるオペラ(楽劇)の中でも屈指に好きな作品。
 愛への没頭、愛の狂乱。トリスタンとイゾルデ、二人の愛の世界が脈々とまさに波打ち、官能の世界を描き続けて止まらないこの楽劇は、ワーグナー世界左翼(?)の最高傑作という気がします。

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 一幕 

ともかく一幕は怒れるイゾルデの幕。この長い幕、「舟が港に近づいてから着くまで」のイゾルデの葛藤のみがほとんどを締める。リアルタイム・イゾルデ独壇場約一時間。

しかし
怒れるイゾルデがあまりにカッコいいので、飽きる間がないのである。波がうねり、イゾルデは声をひそめ、そして荒げ、怒り続ける。ヒロインの激白で一幕殆ど終わらせようなんて無茶苦茶だと思うが、その無茶なことを堂々とやってのけるのがすごい。

差し込み的に所々入ってくる
水夫の合唱がすごく効果的。オランダ人といい、ワーグナーはこういうの本当に上手い。

薬を飲み干した二人に響く
愛のテーマ。しかしその途端舟は港へ。呆然とする二人の耳にマルケ王を賛える合唱が。いやー盛り上がります。すごい幕だな一幕。

 二幕 

で、二幕は恋するイゾルデである。
トリスタンとイゾルデの語る恋は本当に激しい。もう陸の上にいるのに、今度は激しい恋の波に翻弄されるかのよう。声高らかに、そして切々と、再び叫ぶように、愛を歌う歌う。延々一時間近く、今度は2人っきりで恋、いや愛を絶唱し続けるのである。すごいパワーだ。農耕民族にはないパワーかもしれない。

ここまで来ると既に観客はすっかりトリスタンとイゾルデの味方である。マルケ王がどんなに人格者で、
裏切られた哀しみを切々と歌おうが眼中にない。もう正義も理屈もどーでもいいのだ。それはこの恋人たちも同じ事。トリスタンが死に急ぐのも、裏切者となった償いとか、自分が徳を失った哀しみなんて事よりも、彼の言う「夜」の中で永遠の愛とやらを成就する為に他ならないのだろう。
 
 三幕

三幕は、半死人トリスタンの狂乱の場。彼にはもう死んで帰れるはずの安息の夜と、そしてイゾルデしか目に入っていない。イゾルデの幻を見て一喜一憂するトリスタンの狂乱ぶりに圧倒される。

トリスタンもイゾルデも愛に己を失っている状態に違いないのだが、イゾルデがそれでもやはりイゾルデ、を感じさせるのに対しもう彼は壊れちゃってる感じなのね。そこが哀れとも情けないとも。

近づいてくる
イゾルデの舟を見つけたトリスタンの歓喜。まさに爆発。イゾルデの登場。
「トリ〜スタン!」「イゾ〜ルデ!」
一幕で愛の秘薬を飲み、愛の旋律の中で恐れながら互いの名を呼んだ、その時のままに再び恋人の名を呼び、トリスタンは息耐える。

はっきり言ってこの後はオマケ。エピローグ。トリスタンが死んでしまった世界は既にイゾルデにとっても死んでいるようなものなんでしょうね。彼女の死を待つのみ。しかしまーなんて華々しく死んで行くのでしょう。


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